責任

結果が出るまで、やり続けろ。

それが 「責任」 。

 

必ず反対される。

でもあなたがそれを望むなら

 

証明しなければならない。

 

結果を出すことを、ではない。

 

結果を出すまで、努力出来ることをだ。

 

 

もし私が成功したら、

両親も親戚も皆私を認めるだろう。

 

そして恐らく、私の道を否定し、閉ざそうとした事に罪悪感を持つかもしれない。

 

可能性を潰そうとした事よりも

人の可能性について深く考えるかもしれない。

 

しかし私がそこで卑屈になることはないし、態度が変わる事も無いし、その反応に対して喜ぶ事も無いだろう。

 

何故ならそれが当たり前の

人間らしい反応だからだ。

 

結果が無ければ反対する。

 

当たり前の事。

 

ただ、結果が出ていなくても応援してくれていたら、嬉しかったなってだけであって。

 

当たり前だけど、当たり前の反応だったことが少しだけ、悲しかったし

 

応援して貰えるように、証明出来なかった自分の無力さを、心の底から感じた。

 

 

親や親戚の「心配」と言う感情は、

本当に有難くも厄介だ。

 

 

なぜ、厄介なのか?

 

 

私は1つ、明確に答えがある。

 

私を試す為だ。

 

ここを超えられるかどうか、

本気かどうかを試す

最初の壁が両親だと思っている。

 

 

本当に有難いこと。

 

ここを超えることで、自分が本気ということを実感出来た。

 

でもだからこそ、

それに対する自由には、

重過ぎるくらいの責任が伴う。

 

苦しいしつらい。

 

じゃあ諦めるのか?

 

そうはいかない。

 

私は何故、この道を選んだんだ。

 

より自分の人生を生きて

 

より高い喜びを知る為。

 

だから、この責任も喜んで背負おう。